しゃけ:
AIが自動で曲を作れるデジタル社会の中で、今後、古典芸術は生き残っていけると思いますか?
新井さん:
わからないです(笑)実際、今所属しているオーケストラには税金が投入されています。チケット代だけでは赤字です。チケット代だけで成り立っている団体はあるのかな。
しゃけ:
そうなんですね。しかし税金を使ってでも残すべきという市民の気持ちがあるからで、必要とされているということですよね。
新井さん:
そもそも音楽、芸術というものが「人間が生きるための必需品」ではないので。必需品、水や食べ物が十分であるという社会があるからこそ芸術に税金を投入することができます。オペラやオーケストラは生活必需品ではないのになぜ何百年も続いているのか。どうしてでしょうね。
ベートーベンやシューベルト、バッハが作曲しているとき、「何百年も残る曲をみんなのために、未来のために創ろう!」と思って創作したとは思えないですね。

しゃけ:
生活のためでも未来のためでもないのなら、何を思って作ったのでしょう?
新井さん:
彼らは、「作りたいから作った」のだろうとしか思えないです。いろいろな作曲家の曲を演奏しますが、演奏していて、これは生活のため、お金のために作った曲だな、とわかるものもあるんです。そういう作曲家の曲は一時的に流行ってお金になったとしても、次の時代には消えてしまいます。
ベートーベンたち、いわゆる「残っている」作品には、明らかに誰かに作らされたものではないという思い入れが感じられます。書かれた音すべてに意味が詰まっていて全く無駄が無い。
しゃけ:
このような作曲はAIにはできないことでしょうか。
新井さん:
よく偉大な作曲家の未完成の曲をAI や別の作曲家が続きを書いたということはあります。今はもうAIが書くことも技術的には可能だと思います。ただ、その後で付けた部分を実際に公演する時に、どういう位置づけでお客様に感じでもらうのかが大きな課題になると思います。
人が何に感動するのかを数値化するのは難しいかと。
カラオケで点数がで出る機械がありますよね。譜面通りに歌えたら100点であると。でも、その譜面通りの歌声が観客に100点の感動を生むのかどうかはわかりません。数値で測れるものは面白くないと思うんです。
なんとなく、なぜかわからないけど感動するのが芸術であってほしい。何が正解なのかがわからないのが芸術であってほしい。オーケストラはいつも不完全です。でもまた聴きに来たいと思う方がいるから次がある。不完全だからこそ次回はどうなる?というワクワク感があります。

しゃけ:
ほほう。芸術に正解があるとしたら、「残るか」「残らないか」でしょうか?
新井さん:
確かに。お客さんが「また聴きに来たい」と思う演奏ができることが正解で、「残したい」と思ってくれる人が大勢いれば自然に繰り返されるから残るんでしょうね。
やっつけ仕事で、効率よく作られたものは、一時的にヒットすることはあっても、残らないと思うんです。非効率で未完成で完璧ではないものこそが面白いという感情は、人間がいつまでも完璧にはなからないからじゃないでしょうか。
しゃけ:
おおーー!作曲家も演奏者も完璧ではないと。
新井さん:
演奏家はみんなわがままですよ(笑)「そこの窓を閉めてくれなきゃ仕事はできない」とぐずぐずしたり。作曲家も何を考えているのかわからないし、指揮者もユニークな方が多いです。
楽譜もアナログです。今でもみんなページを一枚一枚手でめくりながら演奏しているんです。デジタルにした方が見やすいから演奏しやすいのでは?と思われがちですが、実は、「楽譜の顔によって音が微妙に変わるよね」と演奏家たちは言っているんです。
演奏家によって、この楽譜が好きとか嫌いとか、この楽譜は苦手とか得意だとか、演奏家の感情も楽譜にのります。やりやすいように工夫して自分の鉛筆で書き込みをしていく。きれいで見やすいから演奏しやすいわけではありません。楽譜から醸し出る雰囲気というような、言葉や数値では表せないよくわからないものを感じて、それが音の変化につながるのでしょうか。

しゃけ:
楽譜の顔で音が変わる?なるほど!
新井さん:
手書きの手紙と、パソコンから印刷された手紙では印象が違いますよね?パソコンで書かれたものに感情がのらないと言っているわけではないです。でも手書き風フォントだって、手書きとは違うわけで。味わいとか曖昧な表現になりますが、楽譜のフォントの違いは演奏者に伝わり、音も違ってくるという話はよく聞きます。
それから、ある時期に売れて流行った曲でも「その時代」が過ぎれば誰も演奏しなくなるということはよくあります。AIはそういう曲なら得意でしょう。
古典芸術は売れたかどうかで評価されることはないかもしれない。「残っている」かどうかかな。
しゃけ:
ベートーベンやシューベルト、バッハはなぜ残るんでしょうか?
新井さん:
自然に残るんでしょうね。自然はアナログでしょう?だから謎ですが(笑)でも一つ言えることは、人間がやりたいからやった事だ、ということです。作曲したいから作曲した。演奏したいから演奏した。芸術はそれでいいんだと思います。お金になるかならないか知らない。役に立つのか立たないのか知らない。誰のためでもない。生活必需品ではない。でも「人間が自分のやりたいことを思い切りやった」ということが、同時代の人間だけでなく、未来の人間をも感動させる力になるのではないでしょうか。
しゃけ:
おおー!新井さんのこのお言葉!何百年か残るかもしれないですね。デジタル化によって(笑)
