新井 伸久 Instagram
東京都出身 ドイツ在住
バーデン州立劇場管弦楽団 オーボエ奏者
5歳 ピアノを始める
13歳 オーボエを始める
高校時代 ドイツ・ハノーファー国立音大教授インゴ・ゴリツキ氏のレッスンを受ける
東京藝術大学附属高校から東京藝術大学に入学
ドイツへ 留学インゴ・ゴリツキ氏のクラスを受ける
2003年から2006年マンハイム国立音大オーボエ科非常勤講師
ケルン放送交響楽団、北ドイツ放送交響楽団ハンブルク、ベルリン・ドイツ交響楽団、バンベルク交響楽団、ドイツオペラ・ベルリン、等に客演
ドルトムント市立劇場
ベルギッシュ交響楽団
ブラウンシュヴァイク州立劇場管弦楽団を経て
現在 カールスルーエ・バーデン州立劇場管弦楽団のオーボエ奏者
しゃけ:
新井さん、NY1pageに引き続き、クロスロード知識で遊ぶにもご登場ありがとうございます。前回、オーボエの音を漢字一文字で表現すると「艶」(いろ)。ワインで例えるなら、貴腐ワイン。というところで終わったのですが、続きをどうぞよろしくお願いします。
新井さん:
はい。オーボエの音艶(ねいろ)は他の楽器と比べてかなり特殊だと思います。リードは自分で手作りするのですが(草笛で二枚の草が震えて音の鳴る様子を思い浮かべてください)、100枚作っても使えるのは10枚くらいと、大変手間のかかる楽器なんです。貴腐ワインのぶどうは、朝露による高湿度と午後の乾燥した晴天が一か月以上続かないとできないぶどうです。収穫も一粒づつ手作業。完璧に貴腐化したものだけを選別しています。色は黄金色です。
言葉で表現するのが難しい、この微妙な音艶がオーケストラの中でかなり目立つのか、音合わせの時に最初に出すのがオーボエの役になっています。
しゃけ:
ブラームスのバイオリン協奏曲第二楽章を教えていただき、ありがとうございます。オーボエのソロ、とても美しいですね。
新井さん:
この曲はオーディションで必ず「弾いてみて」と言われる箇所なので、オーボエと言ったらブラームスのバイオリン協奏曲第二楽章と覚えておいてください。
僕が所属しているオペラハウス、カールスルーエはドイツの作曲家ヨハネス・ブラームスと縁があります。ベートーベンの第九に似ていると言われる、バイオリン協奏曲第一楽章をブラームスが世に出す時にとても心配していたらしいのですが、初演を知り合いがいたカールスルーエで演奏し、結果は大成功だったということが、町では有名な話として語り継がれています。

しゃけ:
すごい!そんなに古いのですね。
新井さん:
カールスルーエ・バーデン州立劇場は、1808年に開館しました。数百年前の楽譜が残っていますね。オーケストラの楽譜は今は出版社からレンタルという形で、借りています。演奏会が終わったら、書き込みなどを消して返すという形なのですが、昔書き込まれたものなどはそのまま譜面に残っていたりします。楽譜を使った人のサインと日付が残っていることもあるので歴史が見れて感慨深いです。戦争の間は少し休んでいたのだな、とか、当時の様子が伝わるんです。
古い楽譜は1600年代のものもあると思います。コピーして家に持って帰ることは可能です。ただ、枚数が多いので、弦楽器の方の譜面は図鑑を何冊も重ねたような重さになったりしていますね、特にワーグナーが重たいようですよ。先日も5時間におよぶ公演があり、座りすぎで腰が痛いです。
しゃけ:
おおー。何百年も楽譜は同じで演奏者が変わっていくということなんですね。
新井さん:
いい意味でも悪い意味でも同じことをずっと続けていくというのがオペラハウスの使命でもあります。
ドイツワインの起源を考えれば紀元前100年ごろと言えるのでもっと古いですが、オペラも数百年の歴史を受け継いでいます。
ワインはどこのどんなぶどうなのか、どんな環境で保存されていたのかも非常に重要ですが、実は「いつ飲むのか?」が美味しさの決め手になると思いませんか?
音で言うなら、美しさ、うまさの決め手です。絶妙なタイミング、「今、この瞬間だ!」という時に聞けたら「うまい!」と感じるのではないでしょうか。

これはオペラという総合芸術全体にも当てはまります。歌手の方々、オーケストラ、照明、舞台仕掛け、指揮者、舞台監督・・・総勢200名ほどの人間が一斉に「絶妙なタイミング」を狙っていきます。ひとりひとりが、ここだ!と思うところを探っているわけで、それをまとめ上げるのが指揮者の腕の見せ所。そこにお客様の反応も入り、一夜限りというか、その時限りの絶妙な瞬間を体験するというのは、美味しい貴腐ワインを美味しく飲めた時の感動と似ているんです。
しゃけ:
おお。納得!
新井さん:
でも、すべて100パーセントばっちり、なんてことは不可能なんですよ。合うわけがない。スコア通りに進めば”うまい”わけではありません。指揮者は縦線中心で交通整理をするのではなく、不確かな要素でいっぱいのプレイヤーたちをどう、総合芸術としてまとめ上げるのか?みんながそれにどうついていくのか?歌の声量とのバランスは?照明は?メカニックは?今なの?と一瞬一瞬タイミングが命ですね。
舞台監督と指揮者はよくケンカをしているんですよ(笑)

しゃけ:
そうなんですね。指揮者と演奏者の関係はどのような感じでしょうか?
新井さん:
昔は独裁的な指揮者もいました。「これができないなら出ていけ!」というような厳しい方もいましたね。世代交代もあって、今はレベルの高い方ほど演奏者に対してとても丁寧です。リハーサルのときにああじゃないこうじゃないと言う方ほど本番であまり頼りにならなかったり?(笑)立派な指揮者は一振りで演奏者を納得させる力があります。
一人で完璧な音楽を演奏したいのであれば、当然オーケストラに向いていませんよね。どんなにプロのプレイヤーであっても、人間である限り、調子のいい日と悪い日があります。バランスよくいい塩梅を見つけ丁寧に一緒に・・・。自分に厳しすぎるのも良くないけど、楽天的過ぎても良くない。ちょうどよい心地よさをみんなで作れた瞬間に流れができて、感動になって伝わります。
素晴らしいワインは一番おいしい状態で飲みたいじゃないですか。人との出会いもそうですが、何事にも「絶妙なタイミング」というものがあると思います。

しゃけ:
確かに。タイミング重要ですね。新井さんは石橋を叩いて渡るタイプですか?
新井さん:
石橋を叩いて渡らないタイプです(笑)仕事では渡らせられてる(笑)演奏中は「しまった!」と思ったとしても、止まってもらえないですからね。もう渡るしかない!
楽観的かと聞かれたらそうでもないですね。どちらかというと心配性です。日本に住んでいるころは「一本でも早い電車に乗ろう」とか、今思えばせっかちだったと思います。
ドイツでは日本よりもゆっくり時間が流れているような気がします。必要以上に稼がずに自分の時間を大切にする。悪く言えばなんでも遅いのですが、全体的にのんびりしている雰囲気です。昼からビール飲んでいても誰も気にしないし(笑)余計なことには突っ込んでこない。でも、困ったときには誰かが助けてくれる、といったような、心のゆとりを感じますね。
最初はオペラの演奏者になりたいとは思っていませんでした。ドイツに来て色々なことを知ることで、自分のやりたいことが固まっていったのかな。自分はこういうものが好きなのだとわかって満足し、やりたいことに集中して今生活ができている、よくやった、やれるところまでやったぞ、というところまできました。

しゃけ:
オーボエ以外のお仕事をしたことはあるのですか?
新井さん:
日本で学生の頃は焼き肉屋さんでバイトしたことがあります。ドイツに来てからは教会のミサの演奏で小遣い稼ぎをしはじめたのでそこからはオーボエだけで生きていますね。プロテスタントの教会はバッハ、カトリック教会はモーツァルトなんだ!ということを知りました。大学で非常勤講師をした時代もあります。あとは、舞踏会の演奏者として呼ばれたり、お葬式でも演奏させていただいたことがあります。
しゃけ:
舞踏会でオーボエ!素敵ですね。あの、舞踏会って(現実には見たことがないので想像ですが)音楽が流れるだけでみなさん自然に踊りだすのが不思議なんです。日本人のDNAにはないですよね。新井さんは踊りますか?

新井さん:
踊れません。日本人は盆踊りならなんとなくみんな踊れるのと同じでしょうかね。ドイツ人は「え!この人が?」と、普段まったく踊らなそうな方も音楽が流れると踊りだすので驚きます。
しゃけ:
ほほう。面白い!職場の人間関係はいかがですか?
新井さん:
今オーボエは僕を含めて5人いるのですが、理想に近い関係性ができています。みんな同じ先生のところでオーボエをやってきているということもあるのか、とてもやりやすいですね。自由が許されている分、自己責任的なところもありますが、いい感じでお互い気を遣いながら役割分担がうまくできていると思います。日本人の方も数名一緒に働いていますし、日本人の友達も住んでいるので、日本語とドイツ語で生活しています。

演奏者の契約の形もドイツが一番いいようです。ドイツは労働組合が強いので、労働環境はとても良いと思いますね。オーケストラのストライキは最近はないですが、昔はありましたね。舞台裏で働く方たちがストライキを起こしたこともありました。
コロナが終わってからドイツの物価はかなり上がりました(マクドナルドでハンバーガーセットは日本円だと2000円くらいです)が、治安は落ち着いていて住みやすいです。夏は公演がお休みになるので、長期の夏休みとなり、ほとんど毎年日本に帰っていますが、暑いですね。
実は今月日本に行く予定なので、桜が見れるのではないかと、楽しみにしています。
しゃけ:
おお!いいですね!絶妙なタイミング!
